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豊田のまちなかの祭「拳母祭り」

今週末、2019/10/19-20の2日間にわたって行われる「拳母祭り」。

拳母神社の例祭。寛永年間(1642~1643年)の頃から、五穀豊穣を祈って行われていたお祭りで、すなわち300有余年の歴史と伝統をもつお祭りです。

 

長くなるのでポイントを先にあげると…

 

①県の指定有形民俗文化財である八輌の山車は必見(大きさ、彫刻、刺繍…細部までぜひ)

②夜の山車はなくとも勇壮な七度参りで祭に関わる人の熱気を体感してほしい

③まとめて拳母まつり、ですが各町にはそれぞれのこだわりが

可能であれば、華車をおっかけて8年かけて祭りを堪能してほしい(したい!)

 

そんな豊田のまちで自慢になるお祭りです。(もちろん、豊田市内にはまだまだたくさん自慢のお祭りがありますが!)

歴史

(参考:拳母祭り2019パンフレットより)

 

寛永4年(1664)

飾車四輌(東町、本町、中町、神明町)と獅子舞(南町)後に笠鉾(西町、竹生町)との記載が最古の記録として存在

寛延3年(1750)

拳母藩の命令により、従来の獅子舞を廃止し山車を建造し始める

安永6年(1777)

南町、西町の飾車ができる

安永7年(1778)

北町(現在の喜多町)・竹生町の飾車ができ、八輌が揃う

大正7年(1918)

山車の順番が毎年同じことが異議を唱えられ騒動に

大正9年(1920)

現在と同じく毎年順番が変わるように

昭和39年(1964)

八輌の山車が愛知県の有形民俗文化財および豊田市の指定文化財に

 

なお、令和元年の今年、長い歴史でも初めて2日目「本楽」の16:45頃に8台の山車が豊田市駅前に集まります。これはきっと必見!

山車

愛知県および豊田市の文化財にも指定される八輌の山車。

樹木地区の三町「旧東町・旧南町・旧本町」と拳母神社や豊田市駅周辺の下町地区の五町「中町・竹生町・西町・喜多町・神明町」の八町の山車からなります。

 

このように2つに分かれているのは、幾度も城の水害に悩まされて来た挙母城が、天明2年(1782)下町から樹木台の童子山に移転したことから、祭礼も変更を余儀なくされることに。このとき、東町、南町、本町の三町は新しい城の大手門に移り住み,新たに城下町を形勢することになったため、下町に残った五町と分かれることになったそうです。

 

山車の細かい説明は、ぜひ拳母祭り2019パンフレットを!

このように梶棒を使って、「梶方」の人たちが山車の進む先を調整します。

 

樹木地区の山車が下の写真にある「御殿坂」を通るのも少し地味ながら、力の見せ所となるポイント。昔は、この御殿坂を通って山車がお城に曳き入れられていたそうです。

祭りの流れ

◆試楽(しんがく) 10月の第3土曜日

1日目(他の地域では「しがく」と呼ぶこともあるようですが、拳母祭りでは「しんがく」と呼ぶようです。)

 

【試楽】

公事(くじ)・祭礼などに行われる舞楽の予行演習。特に、平安時代、石清水八幡や賀茂神社の臨時祭の前に清涼殿の前庭で東遊あずまあそび・神楽を天覧に供したこと。(weblio国語辞典より)

 

元々はこのような意味のようですが、本祭の前日→2日間の拳母祭りでは1日目を「試楽」と。

 

午前中には、樹木地区では旧東町・旧南町・旧本町の「三町曳き」、下町地区では各町が「町内曳き」を。

 

午後から夕方には、樹木地区では「町内曳き」、下町地区では各町から駅前に集結しスタートする「五町曳き」を中町・竹生町・西町・喜多町・神明町が行います。

 

この絶妙な表記の違いが少々気になるところですが、おそらく下町にも町の人がいる旧東町が昼ちょっと過ぎに下町に降りるため、このような表記になっているのかと。(あくまで推測ですので、その辺りご存知の方どなたか教えてほしいです!)

 

◆七度参り

翌日の本楽に備え、矢作川の水で体を清め、各町の名が入った提灯や赤いほおずき型の提灯を持ち、五穀豊穣を祈願しながら境内を七周します。最初の三周程度は、子ども囃子のメンバーなども参加しますが、後半になるにつれ各町の若い衆を中心に、境内を勇壮に駆け回る姿は、シンプルながら横から「意外と見てても飽きない!」と聞こえてくらい、引き付けられます。

 

各町が七周まわったあとは、神社の神輿行列が厳粛に一周します。

勇壮な若い衆が境内をまわるところから、一変して神聖な空気が漂う神輿行列への転換もなかなか興味深いところです。

◆本楽(ほんがく) 10月の第3日曜日

いよいよ2日目となる本祭。朝に各町を出発した山車は、元城町にある豊田信用金庫本店前の交差点に9時過ぎに集合し、神社へと向かいます。

 

花火の号砲と共に、10時に華車から順に神社へと勢いよく「曳き込み」をしていきます。その後、境内では「獅子舞」や各種神事、「巫女舞」「子供歌舞伎」「七福神踊り」などが行われますが、シンプルにそこに並ぶ八輌の山車の刺繍や彫刻をじっくりと見比べられるのはこのときだけ。年に一度だけの屋外博物館!と言っても過言ではない素晴らしい山車がしっかり見られるのです。

 

午後には、まちの中を「神輿渡御」が。ほかの地域の神輿渡御とは異なり勇壮さは少し限られますが、神事としての穏やかな空気感のある拳母まつりの神輿渡御も意外とみどころかも?しれません。

 

そして、いよいよ祭りも終盤。16時に再び花火の号砲がなり、華車から順に「曳き出し」神社を後にします。その後、豊田市駅前へと向かいます。(今年の華車は「竹生(たきょう)町」!!)

この豊田市駅前に集う、というのが長い歴史の中でも初の試みなのです!

動画は昨年2018年の様子。

 

全ての山車が曲がりきった後、各山車は夜に向けて提灯を装備したりする中、交差点に各町の代表者が一堂に集い、今年の華車より、翌年の華車へと一年の想いが引き継がれる「泣き別れ」が行われます。

現状、お天気が少々不安なところもありますが、当日の開催に関しては拳母祭りのホームページをご確認ください!

(なんとGPSで各町の山車がどこにいるか随時確認できる仕組みもありますので!)

※信頼のあるサイト、資料および自分の見聞きしたものをまとめておりますが、もし間違い、補則などがございましたら、コメントなどでご連絡いただけますと幸いです。